レポート|レクチャーシリーズ:Finding a -scope/-scape vol. 1

/ 2014.01.08 posted

レクチャーシリーズ:Finding a -scope/-scape vol. 1
「文字と空間のーscape:都市の言語景観を読み解く」
ペート・バックハウス氏(早稲田大学教育・総合科学学術院英語英文学科 准教授)
2013年3月23日(土)17:30-19:30

レクチャーシリーズ第1回では、社会言語学をご専門とするペート・バックハウス先生をお迎えし、看板や標識、掲示物などに記された文字が形づくる「言語景観」をテーマにお話いただきました。言語学者の目で都市を歩くと、どのような風景が観察されるのか?広告やサイン、建築などの個々のデザインは、いかに都市の景観の形成に関わっているのか?など、言語や文字を切り口に、様々なトピックを考える機会となりました。


ー言語景観とは
まず「言語景観」という言葉についてですが、現在主流となっている1997年の定義を日本語に訳すと「道路標識、広告看板、地名表示、店名表示、官庁の標識などに含まれる可視的な言語の総体」となります。簡単に言えば「公共の場に見られる書き言葉」=「言語景観」です。これがひとつの研究分野として確立されたのは、今から約10〜15年前と比較的新しく、ちょうどデジタルカメラが出てきた時代に世界中で現れてきました。私がこの研究を始めたのは、博士論文を書いた2003年で、それを基に2007年にこちらの本[Peter Backhaus, Linguistic Landscapes: A Comparative Study of Urban Multilingualism in Tokyo, Clevedon: Multilingual Matters (2007)]を出版しました。
調査の出発点になったのは、東京の多言語化・多言語性を測るための方法を考えることでした。そこで、看板を読み、それがどのような事情を語ってくれるか、というアプローチでサンプルを集めたのが「Yamanote調査」です。山手線の28の駅(実際は29ですけれども)周辺で、線路の内側にある通りの、ふたつの信号機の間100〜200mの間を調査地域として、その区間にある看板はもちろん、足ふきマットとか警備会社のステッカーとか、文字が書かれた全ての表示をサンプルの対象として数え、さらに多言語で表示されているものは撮影もしました。「多言語表示」というのは「日本語以外、日本語の代わりに他の言語を含むもの」、あるいは「ローマ字・ふり仮名・点字の日本語を含むもの」、この条件のどちらかに当てはまるものとしました。実例は例えばこちらです[図1]。


[図1:多言語表示の例]

2003年の時点で、新宿地域にあった2002年ワールドカップの名残です。 “worldcupfinaltickets2002.com”と“English Spoken”、これらは英語ですね。そして“Ni Hongo”、これは英字表記ですが、内容的には日本語です。英語の綴りも混じって“ticket o kaimasu”とありますが、これも読み方は日本語でしょう。その後は英語で“we buy tickets”、そしてドイツ語、イタリア語、スペイン語、フランス語と続きます。このサンプルは間違いなく多言語的なものですが、こうした独特な例だけではなく、英語などひとつの言語で記されているものや、日本語をローマ字化したものも、漢字を読めない人には助けになるものなので、全てサンプルに入れました。この方法によって28の駅前で合計1万個以上の表示を数えて出て来た結果は、そのほぼ5分の1が多言語表示で、その他はモノリンガル、というものでした[図2]。比較的モノリンガルだと言われている日本では、かなり大きい割合であると言えます。そして、2444の多言語表示サンプルにあった使用言語はこちらです[図3]。


[図2(左):多言語表示の割合、図3(右):使用言語(多言語表示のみ)]

90%を英語が占めています。その次、日本語プラス外国語(殆どのケースは英語)という組み合わせがあって、その他把握できる外国語は中国語と韓国語ですね。加えてフランス語、ポルトガル語、スペイン語、ラテン語、タイ語、イタリア語等々ですけれども、いかに数少ないかが分かると思います。その意味では、多言語のほとんどが英語とバイリンガルなものとして作られていることが分かります。

ー言語景観の地域性
続いて、言語景観の地域性について少しお話ししたいと思います。こちらは、その28箇所で数えた表示・看板の全数です[図4]。ぱっと見て分かるように、1m区間にある表示の数が相当違います。一番多い御徒町では、1mのうちに8.5の表示があります。かなり「しゃべる」地域ですね。逆にその次の上野では、博物館と公園のある落ち着いた地域だったので、1mに0.4しかないのです。それによって、当然ながら街の風景が変わってきます。


[図4:表示の密度]

東京駅の例を見てみましょう。線路の内側の丸の内地域と、調査対象ではないのですが、反対側の八重洲の方ではこのようになっています[図5, 6]。建築の違いによる風景の違いはもちろんですが、ひとつ独特の雰囲気をつくっているのは、看板の有無という点だと思います。


[図5(左):東京駅丸の内側、図6(右):東京駅八重洲側]

また看板の数だけでなく、外国語の普及という点からも調査しています。先程の数量データからも明らかなように、多言語表示のうち、英語はどの地域にもかなり多くあるのですが、その他の中国語と韓国語が10%以上あったのは3箇所です。ひとつは巣鴨で、中国語が10%以上。そして目白も50%近くが中国語を含むもので、3つ目はよく知られているかと思いますが、新大久保ですね、韓国語が25%以上です。なぜ目白に中国語が多いのかと驚かれるかもしれませんが、高い割合をつくったのは、日本語・英語・中国語の3言語で表示された豊島区による自転車放置警告で、これがほぼ10mおきにあったわけです。目白の調査地域には学習院大学があり、この辺りは落ち着いた公園的な風景で、看板そのものが少ないです。この範囲内に高い密度でこのような看板を置けばその割合はかなり上がり、視覚的にというよりも、数字だけ見れば中国語の多い地域ということになってきます。
それに対して新大久保では根本的に違っていて、公的な表示はほとんどありません。住民、あるいはお店を出している方々の私的な看板がほとんどです。調査地域は大久保通りで、現在さらに発展していますが、当時もハングルがかなり多くありました。最も印象に残ったものはこちらです。元の看板は他の地域にもありましたが、新大久保バーションはこうなります[図7]。


[図7:ハングルを上書きした看板]

元々日本語が書いてあったものに、ハングルを貼っている。しかも全く違う内容です。後ろに元の看板がまだ見えていますが、視覚的には、外国人が日本の地域を自分のものにする、という印象がかなり強い。もう少しだけ新大久保について続けますと、ちょうど去年ゼミの学生が同じ方法で、新大久保の看板をもう一度数えてくれました。2003年当時、700以上ある表示数のうち、多言語表示は120〜130程度で、韓国語のものは30ほどでした。それに対して、2012年の状況はこうなります[図8]。


[図8:新大久保の言語景観(追加調査)]

全数も多言語表示の数も上がっているんですけれども、最も割合的に上がったのは韓国語表示を含むものです。この数字から、新大久保がどれだけコリアンタウンになりつつあるか、かなり発展して観光地に近い状態になっているということが、言語景観からも読み取れます。これは去年の幾つかの写真ですけれども、コリアンタウンらしさをつくるためにハングルで記しつつ、読めない人にも配慮してカタカナをつけているものです[図9]。こちらはパチンコ店の掲示ですけれども、ほぼ完全にバイリンガル[図10]。ここで興味深いのは順番ですね。韓国語が先、日本語が2番目になっています。そしてこちらのように、完全に韓国語のものもあり、韓国語の読めない人にとっては書かれている内容の意味が全く分からないケースもあります[図11]。


[図9(左), 図10(中), 図11(右):新大久保に見られるハングル表示例](写真:齊藤愛里)

ー美容業界の言語景観
3つ目のトピックとして、美容業界がつくる言語景観を見てみたいと思います。出発点は2003年の調査時に撮った写真なのですが、かなり表示に違いが多かったためです。これは田端で撮ったものですが、カタカナばかりの事例です[図12]。例えば「パーマ」などは、それにあたる訳語がないので日本語にしようがないのですが、「ショート」や「ロング」などは、日本語があるにもかかわらず、英語風にカタカナになっています。また同じ時点で、別の地域では完全に英語で書かれている看板がありました[図13]。通貨の表記までもローマ字化しています。これは「yen」というものでなければ、日本のものだとは全く分からない、世界中どこにでもあり得る看板ですね。


[図12(左), 図13(右):美容院の料金表]

このように、美容系の看板には特に外国語を使うケースが多く見られたので、2012年にもう一人のゼミ生が追加調査として新宿駅と巣鴨駅周辺の2つの地域を選んで、ビューティーメニューや料金表の立て看板をそれぞれ30点集めて分析しました。分析のポイントは、店名がどういう文字で書かれているか、そして「カット」はローマ字とカタカナのどちらであるか、というものです。新宿から見ますと、店名については、ほとんどがローマ字です。カタカナは3件ですが、漢字とひらがなはありません。一方巣鴨では、漢字が少しあって、カタカナとローマ字はほぼ同じ割合となっています。先程お話した地域性に戻りますが、いわゆる「お婆ちゃんの原宿」である巣鴨では、それに合わせて言語景観も変わってくるということが分かります。この調査の面白かったところは、「カット」の綴りに使われている文字だけでなく、料金表の値段の情報も併せて収集して出てきた結果です[図14]。


[図14:「カット」vs.「Cut」の値段(平均)]

「カット」のカタカナ表記は、ほぼ同じ値段です。カタカナ+ローマ字表記でも、新宿と巣鴨でばらつきはありますが、全体的にはほぼ同じ金額。ただ、ローマ字になると約400円高くなる。直接の因果関係はないとは思いますが、ローマ字で髪を切ってもらう方が高くつく、というようなことも、あえて言ってみることができるかと思います。

ー言語景観の歴史

続いて、言語景観の歴史についてお話したいと思います。先程、1997年に「言語景観」の定義が出てきて、それからこの分野が誕生したと申し上げましたが、日本ではさらに早くから、それらしい研究が行われていました。地理学者の正井康夫先生が70年代に出した『東京生活地図』では、当時の新宿にあった喫茶店名を中心に言語と表記が分析されていて、彼の全体的な印象はこのようにまとめてあります。「現在の日本の繁華街は、何とかしてエキゾチックな雰囲気を出そうとしている。アメリカ風・ヨーロッパ風の建築様式をとり入れるだけでは満足せず、店の名前を外国風にしたり、ローマ字をたくさん使って魅力を出そうとしている…知らない外人が見たら、外国人がたくさん新宿を利用するのか、それとも日本が『植民地』だからだと思うかもしれない」。
当時の写真を今の目から見れば、外国風でエキゾチックだとはなかなか思いがたいですね。カタカナのものは「エビス」や「ホニークラブ」、「コメット」と、少しだけ。そして「ティーホーツウー」というカタカナの少し後ろの方に、“TEA FOR TWO”という、唯一のローマ字があります。全体的には漢字がかなり多くて、現代と比べれば、どれだけ変わったかということが分かると思います。
それから広告ですね。昭和館がちょうど去年、「ポスターに見る戦中・戦後」という興味深い展覧会をしていました。戦前の1937年の化粧品のポスターを見ると「SHISEIDO TOILETRIES」などのローマ字表記が当時既にあったことが分かります。そして戦後、1951年の洗剤の広告の例には、ローマ字はひとつもないですが、1953年の不二家のポスターでは、ほとんど漢字とかなだけにもかかわらず、興味深いことに商品自体は当時でも“Milky”とローマ字で書かれています。そしてテレビの時代、「シャープ」ですね。これも見出しはカタカナですが、ロゴでは“Sharp”とローマ字の書き方もあり、併記して使っていたことが分かります。
もうひとつ、同じ商品のデザインの新旧を見る方法もあります。これはたまたまトラックに載っていた広告で、自分も運転中だったので命がけで写真を撮ったのですが(笑)、70年代まではカタカナで「コーヒー」とあり、82年から “Coffee”とローマ字になっている[図15]。少しずつの変化が読み取れます。


[図15:同じ商品デザインの新旧]

ー福祉の言語景観
さて、続いて「福祉」という点について、少し見ていきたいと思います。こちらは2003年に東京都生活文化局が出した「外国人にもわかりやすいまちの表記に関するガイド」です。国際化の中で、街をより分かりやすくするために①ローマ字を使うこと、②数ヶ国語、具体的には中国語とハングルを使うこと、そして③ふりがなをふることが挙げられています。また、同じ頃から国土交通省も動いて、かなり長いガイドラインを出しています。例えば、こういう風に駅の案内を作りましょうというものです。実際に見てみると、場所によっては、漢字、ふりがな、ローマ字に加えて中国語、韓国語を入れています。中国語は同じ漢字圏なので、あまり日本語と変わらない場合もあるわけですが、4つの言語で表示することが決まっているので、「出口」などの場合は全く同じ漢字になっています。だぶっても中国語として並べる、というのは興味深いですね。さらに最近では、地下鉄の全体の情報として、各路線の駅全てに番号がつけられている。この駅は「Z8」など、それさえ分かれば文字が読めなくてもよいという方法が採られています。
また別のプロジェクトで、交通機関のバイリンガルの看板や情報案内板を詳しく見ているんですけれども、そのデータを集めて分析しますと、かなり多くの場合、英語の情報量が極端に少ないということが分かりました。用件のみという感じで、時間や場所、誰がこのサインを出しているかといった詳しい説明がありません。一番重要な情報はあるので、それを問題化することはないと思いますが、去年あたりから、こういうものをホームで目にするようになりました[図16, 17]。これは日本語を読めない人にとっては助けにならない、全く機能しないバイリンガルのものです。であれば、日本語のみに変えたほうが、逆に問題にならないと思います。
もうひとつ、特定の言語に頼らないでピクトグラムを使う方法もありますね。こちらは先程紹介した2003年の東京都のガイドラインで、ピクトグラムを幅広く使うという指針があります。また、国土交通省もこのような120以上のものピクトグラムを作成しています。


[図16(左)、図17(右):駅構内の表示]

福祉の言語景観の一部として、国際化について見てきましたが、もうひとつ福祉に関連するトピックとして、いわゆる点状ブロックがあります。東京中のどこにでもあるもので、かなりエレガントです。記号は2つだけで、ひとつは真っすぐ進んでいいという意味、そしてこの粒々しているところまで来たら何か変わるという意味で、要注意ということです。同じように、点字がありますね。「触れる」言語景観として、2003年の調査の時にもいくつか取り上げました。そのほとんどがポストです[図18]。このほか、調査対象外ですけれども、駅の運賃表も点字付きです[図19]。また、駅構内の手すりに書いてある点字について、「東京の視力障害者を守る会」という組織が、2000年に山手線全駅構内の調査を行いました。全てを点検した結果は、全体的には60%が問題なしでしたが、その他は大小何らかの問題点が見つかりました。


[図18(左):ポストの点字、図19(右):運賃表の点字]

先程のポストに戻りますと、こちらも実際に、目の見えない方に助けてもらって、現場に行って読んでもらったのですが、問題点として仰っていたのは、まず手が非常に汚くなるということ。そして、「連絡先」という、点字にもあった項目で、具体的にどこに連絡すればよいのかが、活字でしか書いていないというような問題点がありました。完全に機能しているとも言い難い福祉の言語景観ですが、大いに助けになるものであるし、実際に使う人々も、そうでない人にとっても、なるべく使いやすく暮らしやすい街をつくりたいという気持ちが伝わることも重要なのだと思います。そういう意味では、このようなサインから、どこまで社会的な多様性が認められているか、という指標を読み取ることができると思います。

ー文字と絵文字とその間
最後に、これは最近の研究プロジェクトで、まだ徹底的にデータを集めているわけではないのですが、文字と絵文字とその利用についてお話ししたいと思います。今日は、理論的な話は少なめにしたつもりなのですが、少しだけ追加で説明しますと、世界中の文字の発展を考えると「アイコン」から「シンボル」へという動きがあります。つまり、まずは指したい意味のするものをなるべく似たような形に書くということ。それが少しずつ似なくなって、完全にシンボル、つまり慣習で分かるものになります。例えば、エジプトの象形文字ですね。そして漢字にも同じようなことが言えます。その重要な違いは、今は完全な音声文字となって類似性が失われている現代の英字も、絵が元にあったわけですが、漢字の場合はまだそれが残っている。音声文字よりも表意文字の部分がかなり残っているわけです。
それを利用して、デザインの一部として使っている、文字をアイコン化する場合についてのリサーチです。漢字の独自性として非常に面白い点はこのような使い方で、例えば元々の「鳥」という字をまた鳥らしく描いています[図20]。そういう意味で「再アイコン化」、つまりアイコンからシンボルまでの発展過程を逆にした現象であると言えます。こちらは「月」という喫茶店の名前ですが、同じように漢字を絵に戻す、ということが見られます[図21]。


[図20(左), 図21(右):漢字の再アイコン化]

ただ、残念ながらと言っていいかどうか分からないですけれど、ローマ字と同じように、由来と関係なく漢字を絵文字化するケースもよくあります。その例として、国債の「国」の文字が笑っている[図22]。当然ながら、「国」という字の由来とは異なって、国債を買うと国が笑うということでしょうか。こちらのもう一つの例は近くの酒屋さんですが、かなり絵文字化していて、また目が使われています[図23]。片方の目を閉じて、汗をかいて微笑んでいるような、何となく優しい感じが伝わってきます。これも当然ながら「酒」という漢字の由来とは全く関係ありません。このようなフェイクなアイコン化については、今までの調査の印象では、特に人間の「顔」が模されているようです。この擬人化という傾向について、これからもっと研究を進めていきたいと思っています。


[図22(左), 図23(右):漢字の偽アイコン化]

質問者1:興味深いお話をどうもありがとうございました。日本の看板の環境は、ごちゃごちゃしていて「うるさい」と言い表すことが多いように思います。私自身、特に不動産の仕事をしているので、環境としてちゃんと馴染むようにきれいに配置しなきゃいけないと思うのですが、日本の調査をされている中で、その点について、もっとこうしたらいいと思うようなことはありますか?

——例えば、御徒町や渋谷、秋葉原など、文字だらけのごちゃごちゃした景観は、言語学者としては非常に面白い観察対象ですけれども、仰るように、それによって街の全体的な風景がうるさくなっているのは間違いないと思います。「しゃべる」というわけではないですが、どうしても目に飛び込んでくるので、特に自分が住む街では、もう少し落ち着いた文字の少なさが良い環境を作り出すこともあると思います。ちなみに、「うるさい」というキーワードに関連して、日本に住んでいる外国人を対象として「サウンドスケープ」つまり音環境についての調査が以前ありました。そこで出た結果は、日本は音声的にも、どちらかと言えばうるさいということでした。歩行者信号機の音、暴走族の音、選挙運動のウグイス嬢など、その調査によると、これらも日本の独特の点だということになります。

質問者2:都市景観というと、歩いている人の服装なども関係してくるのではないかと思います。日本で売られている英字が書いてあるTシャツに、よく面白い間違いが見られることがあるのですが、そのように自分の国の言語でない文字を身につける文化やスタイルというのは、日本独特なのか、もしくは他の国でも一般的なのでしょうか?

——こういう発表をする時に、変な英語の看板の例も出したりしますが、かなり変わったことが書かれている場合が確かにあります。私も英語圏ではなくドイツ出身ですが、間違いだらけの英語あるいは意味不明なものは、ドイツにもあります。それを研究するのに、写真を収集しているサイトもあるのですが、逆に、最近ローマ字圏では、漢字に対しての憧れが出てきていて、意味不明な漢字を洋服につけたり、一生消せない刺青を入れたりすることがあります。こういう意味だよ、と言われて入れてもらったのに、実は全く違う意味だったということもあるようです。ちょうど先週のJapan Timesにいくつかの失敗例を挙げた記事がありました。つまり、それは日本独特のものというよりも、どこの社会でも、知らないからこそ憧れて感じるエキゾチズムはあると思います。

質問者3:海外でも、例えば空港などの明らかに外国人が多い場所というのは、英語表記があるかと思うのですが、4〜5言語ものいろんな言葉で書かれている日本の状況は、世界的に見てどうなのでしょうか?多言語表記というのは、世界的に主流になりつつあるのでしょうか?

——首都圏だけに限って言うと、あれだけ力を入れて4言語を提供している日本は、世界的に見てもかなり名誉なことだと思います。逆に、公共の場に使っていい言語の条件があることもあるんですね。一番有名なのはカナダのケベック州で、フランス語のみか、あるいは商業的なものであれば、英語なら書いていいことになっています。アメリカもEnglish-onlyという動きで、アジア系のお店では、翻訳をつけなさいと言われたりします。世界では、そういう政治的・社会的事情があるので、日本は東京を中心にかなりオープンですね。ただ、それで視覚的にうるさくなったというのは、間違いなくあると思います。限られたスペースにひとつの言語でなく4つの言語を入れようと思えば、かなり密度は高くなりますから。

質問者4:看板などの文字で、日本は飾りをつけることが多いような気がします。逆に外国ではアルファベットを基本にただ並べたような印象があるのですが、言葉をグラフィカルに表現する場合、海外と日本で地域性の違いなどはあるのでしょうか?

——具体的に見ていないので比較しにくいですが、私の理解では、ドイツでも例えば絵文字化のような、似た遊びはあります。また、日本にあるインドやタイ料理のレストランで、かなやローマ字で書いた店名に変な飾りをつけて、可読性を保ちながら何となくインドやタイの文字っぽくする。そういう例も、世界中にあるものだと思います。ひとつはっきり言える相違点は、日本では4つの文字体制が使われていることです。これは、26の文字だけで動くローマ字圏ではまずありません。その意味で、日本では使える文字が圧倒的に多く、漢字圏と比べても、さらにひらがな、カタカナがあり、選択肢が他の言語よりも多い。そのような言語は世界的にもほとんどないので、間違いなく日本の言語景観の特徴だと思います。

※図版提供(図1-23):ペート・バックハウス

ペート・バックハウス
1975年ドイツ、アーヘン市生まれ。1998年、文教大学交換留学。2002年、デュッセルドルフ州立大学修士課程修了。2005年、デュースブルク・ エッセン州立大学博士号取得。2005年ドイツ日本研究所専任研究員。2010年以降、早稲田大学教育・総合科学学術院英語英文学科准教授。
専門分野:社会言語学、日本語学
主な出版物:Linguistic Landscapes: A Comparative Study of Urban Multilingualism in Tokyo (Multilingual Matters, 2007)、『日本の言語景観』(共編、三元社、2009)、Communication in Elderly Care: Cross-Cultural Perspectives (編著, Continuum, 2011)、『国際結婚家族のお受験体験記』(明石書店、2013)